Archive for December 13th, 2009
ashtray
Midnight Zoo #32
その日の夜も、3人はまたこのバーに来ていた。
誰かが誰かを誘う、そんな集まり方じゃなく、ふらりとそのカウンターに座っているといつしか2人が並んでいて、気づくと3人で談笑している、そんな集まり方だった。
たまには桜子とひなのは事前にメールのやりとりをして落ち会うこともあったが、晴香と予定してここで会うことはなかった。
「ねぇねぇ、あの口紅どうだった」
「ありがとうね。でもやっぱりあの色は桜子さんの色だって改めて感じたわ」
「そうなんだ」
「うぅん、大丈夫。だってきっかけのひとつだもの。まずは口紅でわたしなりの色を探してみる」
「なになに。わたしその話、知らない」
2人のやりとりに、残り少なくなったホワイトレディをくいっと飲み干したひなのが割り込んできた。
「口紅がどうしたの」
「覚えてないんでしょ、ひなのちゃんは」
ひなのはすぼめた唇を少しつきだし、マスターにホワイトレディのおかわりを頼んだ。
ーバリエーションで、サイドカーではいかがですか。
「あっ、わたしにもおかわりください。わたしはこのまま変えずにドライマンハッタンで」
「あの夜もそれだったね。えーっとわたしはトム・コリンズ。今夜はのみすぎないように」
マスターは口元に少し笑みを浮かべながらやさしく頷き、3人のための仕事にとりかかった。
「あれから何回ここで会ったんだろうね」
「季節もクリスマスかぁ」
「まだ続いてる?」
桜子のその言葉に、晴香は自分に起きている夜の現象を、ひなのは瑛太との関係を連想した。
「続いてるよ」
そしてハモるようにふたりが答えたのには、桜子もふたりにも笑いを誘った。
噛み合わない話も、そのズレや隙間をマスターのカクテルが上手に埋めてくれ、3人はそれぞれにそれぞれの話を都合の良いように解釈しながら、和気あいあいと時間はすぎていった。
ーもうひとりの晴香さんはどうしてるの。
ひなのがカウンターに少しだけ頼りながらレストルームに行ったとき、桜子は晴香に顔を寄せそっと聞いてみた。
ーわたしが寝入るとまだ夜遊びしてるみたいよ。
その言葉の響きには軽やかさが含まれていたが、晴香の視線は桜子から静かにカクテルグラスに移った。
ーひとつの身体を奪い合うことはもう心配ないの?
ーどうだろう。今のところは上手にシェアできるようになった気がするけど。
ー何があったの。聞いてもいいかな。
晴香は桜子の問いかけに、胸の奥にチクリとするものを感じた。
桜子は毎回心配してくれている。でもまだうまく説明できない。説明をひとつ間違うと、せっかくこうやって知り合いに、友だちになれたのに、すべてが壊れてしまうかも知れないから。
わたしの分身はかなりの回数であなたの恋人に会いに行っているのよ、晴香はそんな言葉をドライマンハッタンで飲み込んだ。
ーひとつだけ言えることはね、ふたりとも消えたくなくって身体はひとつしかないってこと。それを独り占めしたかったんだけど、結局ふたりはひとりなんだからお互いの気持ちも言い分もわかっちゃうのよね。
「ふーん、そうなんだ」
ひなのが戻ってくるのが視界に入った桜子は普段の話し方で話を締めくくった。
「なになに」
ひなのは、よいしょっとカウンターに戻り、その戻り方はまた3人を談笑に戻した。
(続く)
