風、空、きみ

talk to myself

Midnight Zoo #46

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「たぶんもう少ししたら、あなたはこの瞳も動かせなくなるわ」
 鏡に映るこの晴香の瞳の中には、本来の晴香の姿が小さく映っていた。
 鏡なんだから、姿を映す、顔を映す、瞳を映す、そして瞳に映っているものも映す。
 ただ、瞳に映っているものは小さく、普段は誰も気にすることもない。
 それは本来の晴香もそうだった。
「あなたがわたしを意識し始めてから、わたしは気づいたの」
 晴香は自分の顔をいっそう鏡に近づけた。
「そうここにわたしもいたのよ。気づかなかったでしょ。だってそのとき自己主張しても何もわたしの徳にはならないと思ったし」
 鏡の中の瞳は固まったように動かない。
「そしてさっき、あなたはわたしに謝った。平等じゃないと謝ったんだよ」
 鏡の中の顔は満面の笑顔になった。それでも瞳は動かない。
「あなたからしてみたら、もともと存在しないはずのわたしで、いなくなってほしいはずだったのに、あなたは折れたのよ。昼と夜での晴香という存在の棲み分けで自分を納得させようとしただけじゃなくて、ついにもう諦めて、わたしの存在を肯定したってこと」
ーそんなつもりじゃない。
 怒りや抗戦を感じさせる響きではなく、消え入りそうな、本当に小さい声だった。一筋の涙が鏡に映っている晴香の頬を伝わった。
「こうなっちゃったから、そう言うんだよ」
 頬を伝わる涙なんて関係ないといった口調だった。
「そしてあなたはこのわたしの瞳を通して今までの世界を観るだけの存在になるのよ。わたしが芽生えだした頃のわたしのように。当時のあなたとの違いは、わたしがあなたを意識しているということ。あなたはわたしを意識したことはなかったからね。これからもわたしはあなたを意識し続ける。なぜだかわかる?」
 晴香は鏡から顔を離すと、両手を腰に当て、大きくにっこりと自分に微笑みかけた。
「簡単でしょ。また立場が入れ替わらないように。昼間の世界での存在をわたしはもうあなたに返す気はないわ。そのうち夜の世界もあなたの自由にできないようにしてあげる」
ー夜の世界。
「そうよ。入れ替わったんだから、あなたは夜の世界を、わたしが寝ている間の世界を手に入れたのよ。言うまでもなかったんだけど、すぐ気づくと思うしね」
 晴香はくっくっくっと笑った。
「あら、笑っちゃった。ふふふ。気づいてもすぐにあなたはどうこうできないだろうけどね。自由に動けるようになるのにわたしでさえ結構時間がかかったし。あなたが夜の世界を自由に使えるようになるまでには、この瞳の中から完全に消してあげるわ」
ーえっ。
「それが優しさなのよ。あなたのように謝ることが優しさじゃないのよ。ときには切ってあげることも優しさだと思うな。わたしたちの場合、それはもう一人の晴香を抹消すること。だからあなたには」
 鏡に映った晴香はここまで口にして、突然崩れるように倒れてしまった。

(続く)

Written by ken1

2010/07/11 @ 12:38

カテゴリー: zoo

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