Archive for 8月 2011
きみのもしもし #198
ー気持ちいいね。
ーそうだね。
挽き終えた珈琲豆をドリッパーに移しながら、右手ではお湯を沸かしている。
2杯分の豆を挽いたが、きみはこのケイタイの向こうにいる。
きみとの一言のメールのやりとりの間に、
挽いた豆が浮かないように、ゆっくりとお湯を置くように注ぐ。
気持ちのいい朝、窓からの風がキッチンを通り抜ける。
ーねぇ午前中にお散歩しようよ。
ーじゃあ、あの公園でどう。
ーうん。あれ?もしもし?
風が止んだ瞬間、キッチンは珈琲の香りで満たされた。
ー珈琲楽しんでるでしょ?
ーきみの分もあるよ。
ーずるいっ。
今朝の珈琲は我ながら美味しくはいっている。
ーもしもし、公園の帰りにそっち寄るからね。またいれてよ。
今日は何杯でも上手にいれることができそう。
ーお楽しみにどうぞ。
公園に向かうまでにはまだ時間があるな。
ぼくはもう少しだけ珈琲タイムを楽しむことにした。
きみのもしもし #197
「それも捨てるの?」
部屋の外から様子を見ていたきみが、多少あきれたような抑揚で声をかけてくる。
ぼくの部屋は整理のために棚から下ろされた物たちであふれて、足の踏み場もないくらい。
その物たちを躊躇なく廃棄用の袋に投げ入れるぼくがいる。
「これほんとに捨てるのぉ?」
きみは半歩足を踏み入れて、ぼくからひとつ物を取り上げる。
「けっこう使ってたじゃない」
「でも最近は使っていないし、もうこれからは使わないからさ」
「愛着とかは」
「感じてたら整理がつかないよ」
「わかるけど」
と言いながらも、きみはまったく理解できない表情。
ぼくは別の物をとりあげて、きみに一言付け加える。
「たとえばこれは愛着があるし、まだまだ使えるから、ぼく以外の誰かに使ってもらえるようにするよ」
まだまだ納得できないきみがいる。
「思い出はね、捨てられないから大丈夫」
「ふぅん」
ちょっとだけ表情が明るくなったきみは「珈琲入れたげる」とキッチンに入っていった。