きみのもしもし #282
「やだぁ、ピント合わない」
、んなことはないだろう。
きみはピントも絞りもシャッタースピードもすべて自分で決めなきゃいけないフルマニュアルのぼくのカメラを手にして、ぼくを撮ろうとしている。
どれどれ。
ちゃんと合うじゃん。
きみはまたぼくからカメラを取り戻すと、ファインダーを覗く。
「合わないよ」
あーん、なるほど。
近すぎるんだよ。そのレンズの撮影距離は70cmからだから。
「そんなの書いてないよ。レンズに書いてあるのはf=5cmとか、1:2だよ」
そこじゃないよ。ピントリングのところに。
「feetじゃん」
そう言われても。
今度はきみはちょっとだけ身を引いて、撮影距離を稼いでる。
「この感じ、この感じ、70cmの関係ね」
きみはシャッターを切ると、ファインダーから眼を離し、何やらニタニタしている。
「もしもし、いい表現でしょ。70cmの関係って」
今、思いついただけじゃん。
そう言い返されてもご満悦らしい。
春の日射しを背に受けて、きみはまたファインダーを覗いた。
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