Archive for 6月 2014
きみのもしもし #345
「もしもし、PKまで来ちゃったよ」
ソファで観戦していたぼくをきみが揺する。
きみは珈琲片手に起きていたんだね。
ぼくはと言えば、ソファに座って赤ワインを飲んでいたはずなんだが。
仕切り直しで赤ワインを継ぎ足し、ソファから椅子に移動する。
「延長戦、どんなだった?」
きみはクスクス笑っている。
「何度も起こしたんだから」
みんな有らん限りの力を振り絞っていたわよ、ときみが続ける。
きっと記憶に残る試合になるんじゃないかと。
ぼくは不覚にもこの30分の記憶がない。
「お酒飲んでるからよ。だから珈琲にしなさいって言ったのに」
ーいやいや、この赤ワインはチリ産だから飲み干さないと。
ーうぅん、ブラジル産の珈琲のんで応援するのよ。
そしてPKは最後のキッカーとなった。
きみのもしもし #344
この島の空は青い。まだ夏にはなりきっていないだろうに。
その島の海も青い。淡い青さが沖の方まで続いている。
そして雲はもくもくと夏雲の様相を呈している。
そして夜は暗い。宿には懐中電灯が用意してあった。
懐中電灯を頼りに部屋から出てみる。
夜空を見上げてしばらくすると、暗闇になれてきた目にあきれるほどの星たちが飛び込んでくる。
言葉もなくじっと見つめていると、北斗七星が見えてくる。その先にあるのは北極星か。
その他にもたくさんの星座が広がっているのだろうけど、それ以外の星座は分からない。
「もしもし、見えた?」
そんな中、きみがぼくをつつく。
「ほら、また」
きみの指差す夜空には流れ星までが見えたらしい。
いっこうにぼくには見えない流れ星。
一個くらいは見たかったな。
きみのもしもし #343
梅雨に入っているなんて、微塵も感じさせない今日の天気。
風は通るのだけれども、リビングに居るのも暑く感じ、奥の部屋で横になっていた。
奥の部屋の窓から入ってくる風がぼくの頭から足下へ流れ、リビングにつながって行く。
天井を見つめながら、この週末のきみとのやりとりを思い出してみる。
ーたしか電話したよなぁ。
そう思いながら発信履歴を表示してみる。
ーこりぁ失礼な時間に電話をしたもんだなぁ。
ただ通話時間の履歴がないから、きっときみは熟睡しきっていて電話に気づかなかったんだろう。
まったくお酒飲みの記憶なくしには、我ながら困ったものだ。
そして今、リビングにあるインターフォンがピンポンとなった。
ぼくにはこのピンポンが「もしもーし」と聞こえるから不思議なものだ。
さてと玄関できみを迎えてあげよう。
きっとお散歩の誘いなんだろう。
アルコールの抜け始めた頭でぼくはもそもそと立ち上がる。
きみのもしもし #342
ーエキナカでね、ワインを飲んでるの。
帰宅途中にきみからメールが飛び込んできた。
今日はこのあとどうしても用事があるし、
そのエキナカのある駅で途中下車するわけにもいかない。
ー誰もそんなこと頼んでないわよ。
きみはさらりと返事をくれるが、メールの文字だけでは本心は読み取れない。
電車を降りてきみに会いたい気持ちは十分にあるのだけれど、
今日ばかりはどうにもならない。
ー分かってるって。
ますますきみに会いたくなるじれったいぼくがいる。
ーもしもし。これはわたしの時間なの。だから大丈夫だよ。
そうこうしてる間に、きみのいるエキナカのある駅で電車のドアが開いた。
今度、一緒にエキナカで飲むか。
ーまたひとつ、一緒に行くところが増えたね。
約束がひとつずつ増えて行く。
少しずつでも約束を果たさないと、そろそろ愛想を尽かされるかな。
そして電車はぼくを乗せたままドアを閉めた。
きみのもしもし #341
本を読んでいた。
部屋の窓を開け、ベッドに横たわり、タオルケットを軽くお腹に掛け、
読みかけの本を読んでいた。
何時間前から読んでいたんだろう。
気がつくと僕の両手は本を持ったまま、胸の上にあった。
ーもしもし、どうしたの?
ん、ちょっと熱っぽくてさ。窓開けて本読んでた。
そんなのだめだよ、ときみが顔を横に振る。
そっかぁ、だめかぁ。素直にきみの言う事を聞こうと思った。
次に目が覚めると、窓は閉まっていた。
でもカーテンだけは開いたまま。
きみの姿はないし、来た形跡もなんとなく感じられない。
きみが来てたのは夢だったのかなぁ。
「さぁ、どうでしょうね」
ぼくは不思議な気分できみに電話してみた。
「でも、まだ鼻声だよ」
「明日は会うんだからがんばって治しといてね」
了解。
水分を補給しようと冷蔵庫を開けると、
そこにはきみの手作りの夕食が入っていた。