きみのもしもし #374
自分の笑った顔がどんなものか気にしたこともなかった。
どんな顔で笑っているのか、どんな仕草が癖なのか。
ただ自分が撮られるのがかなり苦手で、人を撮ってばかりいる。
じゃあ人物写真、ポートレートが得意かと言うとそんなこともなく、
風景の中のひとつのパーツとして人がその中にいる。
そんな写真を撮ろうとしている。
そして人との会話が得意でない自分をカムフラージュするためにも、
シャッターを切り続けていたりもする。
だから、自分が写っている写真の数は極端に少なく、
ましてや本気で笑っている顔なんてまず残っていない。
「もしもし、小難しいことぶつぶつ言ってないで、これ見てごらん」
きみがディスプレーいっぱいに昨夜の写真を開く。
そこにはぼくが見たこともないようなぼくがいる。
「すっごい楽しそうだよ。とってもいい笑顔だね」
きみがまた一枚めくる。
「ほら、こんなに目が細くなって。ほら、こんな口が大きくなって」
きみはひとつひとつそれを指で指し示す。
「こんな顔、わたしにも見せたことがないでしょうに」
ちくりと言っても、きみもほくそ笑んでいる。
ぼくはぼくでまるで他人の顔を見ているような気がしてる。
「何をこんなに笑っているのかしらねぇ」
そうだね。何なんだろうね。
ぼくは映し出されたもう一人のぼくに問いかける。
笑うって簡単なのかな、難しいのかな。
その笑顔がいつも出せるといいのにね。
きみはまた一枚写真をめくる。
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