Archive for 11月 2015
きみのもしもし #415
小春日和、きみと久しぶりに電車に揺られている。
窓ガラスからの陽射しで背中はポカポカと暖かい。
駅までの道、きみは少しだけ早くちでいろんなことをぼくに聞いてきた。
そしてシートに座ると、乗り降りする人が気になってどうしようもないらしく、
都度感想を耳打ちしてくる。
「きっと私たちと一緒に降りるわよ。降りたら後を着いて来たりして」
「忙しそうな顔つきね。でも笑顔は可愛いんだろうなぁ」
そんなきみも陽に包まれ、いつしかまぶたも重くなってきたのかな。
耳打ちが減り、じんわりとぼくの右肩が重くなる。
ぼくの頬も少しだけきみの髪に触れる。
各駅停車の揺れは、小春日和の陽射しと相まって、
ぼくらを至福の世界へと誘う。
「もしもし、そろそろかなぁ」
「うん、そうだね、次くらいじゃないかな」
そう答えて次の停車駅を確認する。
あらら、そうきましたか。
「いいよ、それよりもう少しこのままでいようよ」
気づいたきみも今の心地よさを手放したくないみたい。
ぼくらはゆっくりと予定を変えた。
きみのもしもし #414
雨上がりの参道は蒸すというよりは、左右の木々に覆われて清々しく感じる。
以前きみとここに来たのはいつだろう。
初詣かな。成人式のときにも一緒に来た気がする。
どちらにしても鳥居から30分以上はかかったような。
今日はのんびり深呼吸をしながら歩いても、10分そこらで神殿に着いた。
今、ここ。軽い気持ちできみにLINEをする。
ーめずらしいね。
きみと来たときと違って今日は時間がかからなかったよ。
ぼくはベンチに腰かけ、境内をゆっくりと眺める。
今日は人影が少ない。
ま。
きみからの返信に「ま」があった。
ーもしもし、私はあなたとそこに行った記憶はありません。
おや?
今度はぼくからの返信に「ま」が必要になった。
ま。
確かにきみと来たんだが、きみの記憶を掘り返すキーワードが出てこない。
こんなときはどうしよう。
ぼくの記憶違いかもね。戻ったら今日の様子を聞かせてあげるよ。
そして今度一緒に行こう。
少しだけ「ま」があった。
小さいま。
ーいいわよ。
きっときみは上手くまとめたなと思っているんだろうな。
そんなときのきみの口先を思い出しながら、
ぼくは今来た道を駅に向かって歩き始めた。
きみのもしもし#413
きみが、遊ぼう遊ぼう遊ぼうって言ってくる。
ぼくはきみとの遊びを始める。
でも、きみは知っている。
この遊びが10分も続かないことを。
玄関にはカバンとジャケットとニット帽が置かれている。
きみはそれに気がついているんだね。
だからぼくが行かないように、遊ぼう遊ぼう遊ぼうって言ってくる。
でもね、そろそろ時間なんだ。
帰ってきたら、また遊ぼう。
「もしもし、そんなの嘘っ」
「帰ってきてもそんな約束なんてぜんぜん覚えてやしない」
「いっつもそう」
だから今、もう少しだけ遊ぼう遊ぼう遊ぼう。
きみのもしもし #412
雨の音を聞く。
すると雨の音以外に何も音が存在しないことに気がついた。
今日は不思議とバスの通る音も聞こえない。
ただ、ぽたんぽたんと雨の音だけ。
こんな日は無理に外出もしなくて、雨の音に耳を傾け、
昨日のこと、一昨日のこと、一昨々日のことを思い出してみる。
そして、明日の、明後日の、明々後日の予定を考える。
ぼくは思いついた予定を手帳に書き留めていく。
「もしもし」
そんなぼくの様子を見て、きみが声をかけてきた。
「その予定の中にわたしとの時間はあるの?」
もちろん。空いているところ、好きに埋めていいよ。
ぼくはきみに手帳を手渡した。
「ずるいんだから」
そんなことはないってば。
きみは笑ってゆっくりとぼくに手帳を差し戻す。