Archive for 2月 2016
きみのもしもし #428
少し値の張る赤ワインを準備したらしい。
昼間からアルコールですか。
バルコニーに椅子を出し、テーブルには純白のクロスを掛ける。
夏の陽射しの中でよく冷えた白ワインを飲むことはあっても、
まだ2月の今日、バルコニーでグラスを傾けるとは思ってもいなかった。
ーお祝いだから。
きみがアルバムをテーブルに広げる。
ぼくは頷き、その写真を覗き込む。
ーこれからもよろしくね。
こちらこそ。
ーゆっくりでいいの。
なにが。
ーとにかく前に進んでいれば。
きみはワインが注がれたグラスを持ち上げる。
ーそれでいいの。
ぼくもグラスを持ち上げる。
ーもしもし。
きみはその先、言葉を続けない。
季節外れの暖かさ。
赤ワインを通った陽射しが、少しだけクロスの色を桜色に染める。
きみのもしもし #427
ーぼくが小さい頃はママがほっぺにキスしてくれて頭をなでてくれた。
今度は小さくなったママをだっこしてキスしてあげる。
それがぼくの役目。
ふと、思い出した。たぶん、こんな内容だったと思う。
「誰の言葉?」
「そこまでは思い出せない」
「そう。でも、いいね」
「ぼくには無理だな」
「ほんとはとても簡単なことなのにね」
きみは珈琲をひとくち口にした。
「あなたはそれを避けようとしている」
ぼくも珈琲を口にした。
「何かしら不安なんじゃないの。でも大丈夫、わたしがついてるから」
不安か、それはなんだろう。
きみはそんなぼくの思いを知ってか知らずか、
読みかけのファッション雑誌のページをめくり、
「もしもし、これ買って。今年の春の流行なの」
屈託のない笑い顔を見せる。
きみのもしもし #426
きみが妙にニコニコしている。
理由はわからないけど、きみがニコニコしていると
つられてぼくまでニコニコしてしまう。
ニコニコの伝染?
それを見たきみが輪をかけてまたニコニコする。
ニコニコの追っかけっこ。
「もしもし、なんでそんなにニコニコしてるの?」
きみがニコニコしながら聞いてくる。
それをそのままきみに返してあげよう。
きみはそれには答えずに、ますますニコニコしてくれる。
きみのニコニコっていいなぁと思う。
正直、ほんとうにそう思う。
そんなきみを見ていると、
来週はどんな楽しいことがあるんだろう、と思ってしまう。
世界中の楽しいことがきみのニコニコに集まってくるような、
そんな感じ。
来週も一緒にいませんか?
ぼくがそう聞くと、ニコニコしてるきみがまたニコニコしてくれた。
きみのもしもし #425
外は寒いんだよ。空気がね、とっても冷たくって。
窓越しに見える空は雲ひとつなく澄んでいて、ただその色は淡い。
その窓からの陽射しはリビングに陽だまりをつくり、
リビング全体をほかほかにしてくれる。
外から戻ったきみの頬はリビングの暖かさで少し赤みを帯びている。
ほんとだ、冷たいね。
きみの両手がぼくの頬を包む。
ね、外が寒かったのわかるでしょ。
そのままきみはぼくの頬で両手を温める。
そしてにっこりと微笑む。
あれ?きみの微笑み、なんだか久しぶりな気がする。
いつ以来だろう。思い出せない。
もしもし、なに不思議な顔してるの?
いや、なんでもないよ。
ならいいけど。
きみは買ってきてくれたみかんをテーブルに出し始めた。