Archive for 9月 2017
きみのもしもし #510
朝、目が覚めると泣いていた。
何か違う世界にいるみたいな、まだ目が覚めていないような、
そして、ものさみしい、冷んやりとした感じだった。
そのまま起き上がることもせず、天井を見つめていると、
右の頬を伝うものがあった。
冷んやりと感じたのはこれか。
頬を伝う涙。
ぼくは泣いているのか。
なぜ。
気持ちを整理するために、もう一度目を瞑った。
そして、どのくらい経ったのだろう。
今、誰かがぼくの頭を軽く叩いている。
それはそれは心地よい。
ーもっしもし。もっしもし。
頭を叩くリズムがそう言っている。
ーもっしもし。もっしもし。
ぼくは目を開けることはせず、
このままずっとこのリズムが続きますように、
そう願って、このリズムに身を任せた。
きみのもしもし #509
「名前を呼んでよ」
会話の途中で少し間があったと思った直後に、
きみがそう言った。
ぼくがきみと話すとき、
きみの名前を使わないと、きみは説明した。
おい、とか、こら、とか、
ぼくはそんなことはもちろん言わない。
でも、名前を使わない、ときみは言う。
名前を呼ばれると、うれしくなる。
名前を呼ばれると、あたたかくなる。
名前を呼ばれると、なんだかほっとする。
だから、
「もしもし、名前を呼んで」
きみのもしもし #508
以前、きみが言っていたことを思い出した。
それを聞いた季節はいつだったんだろう。
場所はどこだったんだろう。
でも間違いなく夜の空気が澄んでいる頃に、
きみがぼくに伝えたことだ。
離れていても時を一緒に重ねる。
そんな話をしていたんだと、おぼろげながらに思い出す。
ーもしもし。電気を消すんだよ。
今夜、ぼくは一つ願い事をしようと思った。
定番の、星に願いをと言うことだ。
そのときに、
以前、きみが言っていたことを思い出した。
ー電気を消せば、星が見えるから。
きみのもしもし #507
クローゼットの中を整理していたら、もう一つ、懐かしいものが出てきた。
親父から手渡されたポラロイドカメラ。初代だと言っていた。
ーちょと出てくるね。
そしてぼくは最近また発売され始めたポラロイドフィルムを買って帰ってきた。
「また思いつきでそんなの買って来て」
きみは少しだけあきれた顔をする。
思いつきもね、それを機に継続させると思いもよらないものに化けることがあるんだよ。
どう化けるかは先になってみないと分からないけどさ。
ぼくの計画、それは週に1枚きみをポラロイドに納める。
5年後10年後、相応の枚数のポラロイド写真がきみとぼくの間に存在する。
想像するだけでも、なんだかワクワクするね。
「もしもし」
ん?
「あなたが続けられればね」
きみはうれしそうに微笑んで、腰に手を当てポーズをつけた。