Archive for 10月 2017
きみのもしもし #515
「どう、似合う?」
ーうん。
肌寒い今日、きみが冬物のカーディガンを羽織って現れた。
「そうじゃないっ」
きみは仁王様みたいな表情で腕を組む。
「いいセンスだね、とか何か褒め言葉を続けてよ」
ぼくは少し考える。
ーいいセンスだね。
きみは首を横に振る。
「しょうがないなぁ」
そして苦笑い。
「たまには褒めてね」
ほっとしてぼくは頷く。
「今だけ安心しないでよ」
ぼくは頷き直す。
「もしもし、褒めあうっていいと思うのよねぇ」
そうだね。
自然に褒め合える仲っていいね。
手始めにぼくらは互いに褒めあうゲームを始めた。
きみのもしもし #514
「またすぐ会いたいと思う?」
ぼくの前のシートに座っているきみが、
立っているぼくに顔を近づけさせ、
そっと耳打ちしてきた。
「またすぐ会いたいと思う?」
お酒が回っているきみの頬はうっすらと赤く、
そして潤んでいる瞳とその問いかけに、
ぼくは照れてしまう。
「もしもし、わたしはね」
そう言ってきみは立ち上がり、ぼくにシートを譲る。
そうか、ここはきみの降りる駅だね。
きみの代わりに座ったぼくに、
きみは顔を近づけて、
「ずっとそう思える二人でいようね」
きみは笑って電車を降りた。
きみのもしもし #513
以前どこかで耳にした。
ーきみとの時間は永遠に続かない。
ーそれを忘れないように。
ーきみを抱きしめること。
ーぼくがきみに与えることができる唯一の宝物。
ーきみへの気持ちを伝えよう。
ー心を込めて。
肌寒い小雨の中、写真展を観た帰り、
ギャラリーに展示してあった、
愛するものとのかけがえのない時間の記録、
それらがジョージ・カーリンからのメールを思い出させた。
そして今、それがきみに重なった。
いつも聞き慣れているはずの、
きみのもしもしに重なった。
きみのもしもし #512
「あなたに会おうと思えば、そう、あなたを見つけるのはとても簡単なの」
きみは余裕の表情で、ぼくの向かいの椅子を引く。
きみとの待ち合わせの時間まで、
ぼくは約束とは別の店で本を読もうとしていた。
少し広めのテーブルで、シンプルな内装と静かな音楽。
そんなカフェ。
「あなたが好きそうなお店を考えれば、あなたに会える」
きみはふふふと、
「それだけのことよ」
ーもしもし、とっても簡単なことなのよ。
きみが自慢げに微笑んでいる。
きみのもしもし #511
きみが「触って」と言ってきた。
お風呂上がりの乾燥させた髪をぼくに近づける。
きょとんとしているぼくの手を取り「どう?」と言う。
「さらさらでしょ。地肌もいい感じ」
ぼくはまだ事態を飲み込めないでいる。
「洗面台の前に置いてあったの、使ったの」
あぁあれか。
「使ってよかったんだよね」
うん。
ばたばたしてて、きみに伝え忘れていたね。
頂きものだよ。
「ありがとう。合うの探してたんだ」
きみは自分の髪を鼻先に持ってきて、香りも楽しんでいる。
「シャンプーってさ、合う合わないってとっても大事なの」
そして、きみは頭ごとぼくに押し付け、
「触って触って」
と、じゃれてくる。
シャンプーひとつでこんなに会話が生まれるんだ。
「もしもし。明日さぁドライブしよっ」
何だかぼくまでうれしくなった。