Archive for 9月 2018
きみのもしもし #563
きみからランチのお誘いがあった。
待ち合わせはそのお店。
ぼくがお店に着くと、きみはニコニコと待っていた。
テーブルには真新しいメニューが広げてあり、
きみはその中のひとつを指さした。
「覚えてる?」
そんな問いかけはずるいなぁと思いつつ、
でも何もピンと来ない。
「もしもし、教えてあげる」
きみは自慢げでもなく、ほんの少しだけ頬を染めて続けた。
「初めて一緒にランチをした場所はここ」
え?
「そして、そのとき食べたのはこれ」
え?
当時のお店はすでになく、その場所には今はこのお店があり、
ただ、当時から評判のよかったこのメニューだけは受け継がれているらしい。
よくたどり着けたね。
ぼくは素直に感心する。
きみは素直に胸を張る。
きみのもしもし #562
きみがひとりでお留守番をしている。
「どこに行くのかな」
寝ぼけ眼のきみが、出かける前のぼくに問いかける。
ちょっとMINIを飛ばしてくるよ。
「昨夜もその前も、ちゃんと寝てないでしょ」
きみのあくびにつられて、ぼくまで大きく口を開ける。
ねぇ女の子は大きな口を開けてあくびしちゃだめなんだよ。
「あなたの口癖ね」
と、きみは笑う。そして続ける。
「運転気をつけてね」
泊まりになるよ。
「こんな気がした」
大丈夫かな。
「もしもし、ばかにしないでね」
そんなきみから留守番の様子の写真が届いた。
きみはまだベッドのなか。
今日も寝ぼけ眼のきみがいた。
きみのもしもし #561
きみと90分、話をした。
そのお店でカウンター越しに向き合って。
カフェで1時間や2時間、一緒に過ごすことは、よくあること。
でも今日はずっと話をしていた。
きみがずっと話していて、ぼくがずっと聞く。
もしくはその逆。
そうではなく、小さい子供のピンポンのように、
大きな弧を描いて、ゆっくりと言葉を交換した。
まだまだきみはぼくの知らないことだらけ。
「もしもし」
きみはうれしそうに笑う。
「ずーと続きそうね、わたしたち」
それについては否定も肯定もしないけど、
ただ、これから先も、
もっともっときみのことを知り続けたいと思った。
きみのもしもし #560
ー近くにいるのよ。
うん、確かに近くだね。
ーでも今夜は私の時間。
もちろん、ぼくもぼくの時間。
ーでも待ち人がまだ来ないの。少し遅れる見たい。
同じだね。ぼくも今夜のお相手が少し遅れるそう。
ー飲んでるの?
うん、飲みながらその人を待ってる。
ーもしもし。その人が来るまでお相手頼んでよいかしら。
もちろん。きみの待ち人が早いか、ぼくのお相手が早いか。
ー赤ワインにしようかな。
ぼくは今ビール。
ーじゃあ、ビールにする。
少しだけ間があったかと思うと、
きみから「かんぱーい」と写真付きのメッセージが届いた。
こんな飲み方もあるんだな。
ぼくは2杯目のビールを注文した。
きみのもしもし #559
きみが寝息を立てている。
ゆうべ、ぼくが寝るときにはきみはソファで何かを作っていた。
ーまだ寝ないの?
ー友だちに贈るプレゼントを作っているの。
きみが隣に潜り込んできた時間をぼくは知らない。
ぼくはベッドを抜け出し、朝食の用意をする。
珈琲豆を挽く音はきみの眠りを妨げることになるだろう。
珈琲は最後に、それもドリップパックを使うことにしよう。
朝の音楽も今日はイアホンで聴くとしよう。
食器の当たる音にも注意を払い、
ぼくはサラダとヨーグルトを盛り付ける。
そうだな、パンは少し厚めに切っておこう、何となくそんな気分。
ゆで卵なんてのもあると、きみは驚くかな。
きみの目覚めたときの「もしもし」を楽しみに、
ぼくは音の出ないメニューでふたり分の朝食を用意する。