Archive for 8月 2019
きみのもしもし #610
「魔法ってあるのかなぁ」
きみが真顔で聞いてくる。
ドラえもんのポケットは魔法じゃないしなぁ。
昔々、魔法使いサリーってアニメがあったけど。
きみは不思議な顔をする。
「もしもし、現実の話で」
そして、
「人と人が理解しあえるようになる魔法があるといいな」
きみが真顔で口にする。
そうだね、そんな魔法があるといいね。
理解できなくても、
相手を思う心が芽生える魔法があるといいね。
きみの真顔にふとそんなことを思った。
きみのもしもし #609
乗り換えの駅で、きみに降ろされた。
きみがにっこり笑って手を振っている。
終電間近。
記憶はここまで。
朝、目が覚めて枕元のスマホを手繰り寄せる。
きみから乗り換え案内の検索結果が届いていた。
そしてぼくもちゃんと返信をしている。
そうか、昨夜はこうやって帰宅したんだ。
ーもしもし、今日はゆっくりおやすみなさい。
日付が変わった直後のきみからのメッセージ。
久しぶりに時間を気にせず楽しめた。
いい時間だったな。ありがとう。
窓を開け放ち、朝の空気を取りこんで、
ぼくはもう一眠りすることにした。
きみのもしもし #608
昔の人はよく言ったものだ。
ー親孝行、したいときには親はなし。
親父の時から分かっているはずなのにね。
それなのについ、まだ大丈夫って思ってしまう。
時に終わりはあるはずなのに。
何の根拠もなく、まだ大丈夫って思ってしまう。
それは田舎のお袋に対してだけではなく、
きみに対しても、まだ大丈夫って思ってしまう。
「もしもし、どうしたの?」
珈琲に口もつけず、きみをただじっと見ていたら、
そうだよね、不思議に思うよね。
どうもしない。ただ。
「ただ?」
もっと話そうか。呆れるくらいに話そうか。
そしてまた、きみは不思議な顔をする。
きみのもしもし #607
暑さは突然やって来た。
気象庁は後出しジャンケンみたいな梅雨明け宣言をし、
気象予報士は大気が不安定なので所々で雷雨があると言う。
そのとおりなんだろうけど、
とつぜんの暑さはエアコンの効きを悪く感じさせる。
ーおいでよ。
夜になっても下がらない気温と室温。
へたっているぼくを見透かしたようなきみからの誘い。
ーもしもし、ここまで来るのも暑いと思ってるんでしょっ。
ぼくの思考までも見透かしているようだ。
ースイカもあるよ。
きみは食べ物でぼくをつろうとする。
ぼくは少し考える。
確かにスイカは魅力的だ。
熱帯夜の週末、
ぼくは靴箱の上にあったエスパドリューを取り出した。