Archive for 9月 2019
きみのもしもし #615
きみが話を聞いてと言ってきた。
いいよ、いつでも聞くよ。
ぼくは何の躊躇もなく返事を返す。
きみがぼくを必要としているのなら、それに勝るものはない。
今から会おうか。
きみの返事が少し止まる。
ーやっぱりもう少し余裕ができたらにする。
いいよ、いつでも、どうぞ。
ーもしもし。
きみは少し迷っているのかな。
今から会おうか。
ーうぅん、少し整理する。
いろんな事があるものね。
ぼくはいつでも大丈夫。
だからいつでも連絡おくれ。
そして、きみからありがとうのスタンプが届いた。
きみのもしもし #614
きみがぼくの名前をいつも以上に口にする。
「もしもし、あのね」
そのあとに、ぼくの名前をくっつける。
いつもだったら互いに「きみ」で呼んでいるのに。
今夜のきみは、ぼくの名前をきちんとくっつける。
そのことに気づいたけど、ぼくまできみの名前を口にするのは、
ちょっと気恥ずかしい。申し訳ないけどさ。
そんなことは気にもしていない今夜のきみは、
ひとつのフレーズを話すのに、ぼくの名前を必ず一回は口にする。
お酒も入って、いつもより少し饒舌な今夜のきみ。
いったい今夜は何回名前を呼ばれるんだろう。
ぼくはなんだかとってもくすぐったい。
うれしいんだけどさ。
きみのもしもし #613
「もしもしっ」と、きみが珍しく低い声で話しかけてくる。
ぼくはちょっと手首に目をやり、そしてきみの目を見る。
「もしもし」
今度は低い上にゆっくりと、そしてぼくの手首に視線を移す。
「わたしと一緒なのにどうしてそれが必要なの?」
きみ曰く、
急に雨が降ろうと、電車が止まろうと、一緒にいるのにそんな情報要らない。
ましてやどこかの誰かさんからのメッセージで、
ふたりの会話を邪魔されたくない。
「ふつうの腕時計でいいじゃん」
さっきからいろんなメッセージを知らせてくれる
このスマートウォッチがぼくらの時間を邪魔している。
確かにね。
きみと一緒にいるときは必要ないね。
ぼくはきみに手首を差し出し、外してもらう。
きみはにっこりと、
「でね、昨日ね」
また新しい話を始めた。
きみのもしもし #612
ーもしもし。
と、きみが少し小さな声で聞いてくる。
きみには珍しく、世の中の愛の違いを聞いてくる。
ぼくにもよく分からないな。
するとまたきみは聞いてくる。
ーもしもし。
じゃあ、男女の愛と両親の愛、このふたつの愛の違いはなぁにと聞いてくる。
ぼくはちょっと天井を見あげる。
そうだなぁ、男女の愛と違って、両親の愛は無償の愛なんだろうね。
だから、愛の色が違う気がするよ。色っていうより手触りかなぁ。
ぼくはきみをますます迷宮に迷い込ませたみたいだ。
きみのもしもし #611
きみが両手を使ってスマホに文字を打つ。
片手だとこの画面のサイズでは指が届かないらしい。
でも、とても器用に、とてもスピーディに文字を打つ。
きみは笑いながら、ぼくと指を重ねる。
大して指の長さは変わらないのにね。
ぼくも笑いながら、重ねたきみの指を見る。
「もしもし、どお?」
そして、きみは自慢げにぼくに指を見せる。
きれいな爪の形をしているなぁ。
ぼくはそっちに気を奪われる。