Archive for 10月 2019
きみのもしもし #619
欲しいものは何?
「靴がいいな。素敵な靴がいい」
素敵な靴は素敵なところに連れていってくれるから。
と、きみが続ける。
きみにとっての素敵なところはどこなんだろう?
「また来たくなるような、何回でも来たくなるような、
そんな魔法をかけてくれるところ」
うーん、どこだろう。
「大丈夫、素敵な靴が教えてくれるから」
「もしもし。うふふ」
きみが微笑む。
きみのもしもし #618
ーあなたは何になりたいの?
この歳になっても、ぼくにとって答えられない問いかけをきみはしてくる。
ーどうして答えられないの?
もうなれないと思っているから。
恥かしいけど、それが正直な気持ち。
ーなりたいものになれるとかなれないとか。
そうではないときみは言う。
ーもしもし、なりたいものになりたいって気持ち。
きみはぼくを真正面から見つめる。
見つめ返すのにとっても勇気が必要なことくらい、
真正面からぼくを見つめる。
ーなりたいって気持ちを忘れないでいる事が大切なんだよ。
ーちょっとの事でいいんだよ。
ー大袈裟に捉えることはないんだよ。
そんなきみに後押しされて、
ぼくは一年ぶりに重い腰を上げることにした。
きみのもしもし #617
ゆっくりと、でも確実にぼくらは歳をとる。
前向きに言葉を変えれば、歳を重ねると言うことか。
物忘れも出てきて、身体のあちこちにガタが来る。
今までのスピードで物事が処理できなくなって、
自分自身でも焦ったくなる。困ったものだ。
そんな話をきみにしていた。
すると、きみはキョトンとしてぼくを見る。
ーもしもし。
笑顔でぼくを見る。
ー歳をとることはそんな悪い事ばかりじゃないよ。
ーきっとそうじゃないよ。
ーいろんなものが見えてきて。
ーいろんなことに優しくなれて。
ーきっとそうだよ。
ー楽しみだなぁ。
きみはおいしそうに珈琲に口をつける。
きみのもしもし #616
「もしもし」
始めにそう言ってから、きみはずっと話し続けている。
途中で口を挟む隙もないほど、ずっと話し続けている。
ぼくはとにかく、そんなきみから目を離さずに、
そうだね。
とだけ、時折り相槌を打つ。
そしてたまに珈琲に口をつける。
きっときみの珈琲もぬるくなっているだろうに、
きみはそんなことにはお構いなしで、
ずっと話し続けている。
いくらでも、いつまでも、聞いていてあげよう。
ぼくはまた相槌を打つ。