Archive for 8月 2020
きみのもしもし #663
ーいつまで着けとくのかな。
きみが答えの出ない質問を投げかける。
いいんだよ、周りに人がいなければ。
いいんだよ、ぼくの前では。
ふふふと、きみが笑って続ける。
ーこれでお化粧ごまかしてるの。
もともとそんなにお化粧してないでしょうに。
ーうぅん、気持ちの問題なのよ。
そういうものなんだ。
ーでもね、いつだってこれを外せる準備をしておくことにしたの。
ぼくの前には美容サロンのチラシが置かれた。
ーもしもし、えらいでしょっ。
そうだね、ものは考えようとはよく言ったものだね。
きみのもしもし #662
ーもしもし、あのね。
きみがうれしそうに話を続ける。
電車でおばあさんに席を譲ったらしい。
きみとしては普段の行動。当たり前のこと。
すると、ありがとうって飴玉を渡された。
驚いていると、おばあさんが笑っていた。
それにつられて、きみも笑って受け取った。
そんなきみの話。
ぼくは一言、感想を述べる。
そのおばあさん、人間のふりをした天使かも知れないね。
ーきっとそうだね、うん、そうだといいね。
ぼくの天使はますますうれしそうな顔をする。
きみのもしもし #661
きみに恋しているのかな。
きみを見ていてそう思う。
ーもしもし?
きみがぼくの手をつつく。
ぼくは首を横にふる。
なんでもないよ。
きみがまたぼくの手をつつく。
ぼくは首を横にふる。
にっこり笑って、横にふる。
なんでもないよ。
でも、うん、きみに恋しているのかな。
きみのもしもし #660
蝉時雨が聞こえない。
いつもの夏は窓を開けるだけで、
午前中からうるさいくらいに聞こえてくるのに。
今年は蝉時雨が聞こえない。
裏の神社に行っても、聞こえない。
なんでだろう。
幼い頃、蝉時雨のない夏はなかった。
夏休み、寮から実家に戻っても、
蝉時雨はふつうにある夏そのものだった。
確かに実家の田舎とこことでは、蝉時雨の密度が違う。
でも確かに身近に、夏の生活の音として聞こえていた。
蝉時雨が聞こえない。
ーもしもし、来年は帰省しようね。
きみも蝉時雨が恋しいみたいだ。
きみのもしもし #659
ここ数ヶ月でかなりの断捨離をしたと思う。
でも部屋をぐるりと見てみると、まだまだここは物にあふれてる。
どうしようかな、と思い悩む物がそこここにある。
思い出は思い出として確かにあるんだけど、
それに浸っていたら、何も変わらない。
そんなことはもう十分に知っている。
今はそれにも増して、
残っているそれらは当時とても苦労して手に入れた気がしてくる。
「もしもし」
きみがいつの間にか横にいた。
「いちど手放してもまた必要なものは手にはいるものです」
きみはそう断言する。
そうなんだろうけどさ。
まだまだナタを振るえないぼくがいる。