Archive for 3月 2021
きみのもしもし #693
虹が出ていたときみが言う。 ーもしもし? 言えない? うん、思い出せない。 ー七色だよ。 それは知っている。 でも、七色をそらで言えない。 ー外側から言うよ。 きみはすらすらと赤から藍色までを口にした。 いちばん内側は紫だね。ぼくは自慢げに言ってみた。 ーそう。よくできました。 そしてきみは、きれいな虹の写真を送ってきた。
きみのもしもし #692
ぼくはきみに電話をしようと思う。 SNSは使わずに、全部電話にしようと思う。 これから先ずっと電話にするのは無理だろうから、 今日一日だけを電話にしよう。 ぼくからのそんな電話を受けて、 きみがキョトンとしている様子が、 受話器越しに伝わってくる。 とくにこれと言った理由はないんだけど、 ただ、きみの声が聞きたいだけ。 ちょっとだけのふたりの沈黙の後、 ーもしもし。わたしも今日はそうする。 ー生の声っていいものね。 きみの声が弾んでいた。
きみのもしもし #691
「時とともに愛する人を見つめることを忘れてはいないか?」 朝、テレビを観ていたら、画面の向こうからそう問いかけられた。 忘れてはいない。 それがきみであれ、お袋であれ、 忘れてはいない。 夕方、川沿いをジョギングしていると、 ひと組のカップルが手を繋いで歩いていた。 忘れてはいないけど、久しくお袋をハグしていない。 以前ハグした時の照れた、でもうれしそうな顔を思い出した。 ーもしもし、もう少しの辛抱だよ。 夜、きみは淹れたての珈琲をぼくに差し出してくれた。
きみのもしもし #690
ーストーリーが大切なのよ。 きみがまた自慢げにぼくの目を見つめる。 ー何をやるにもストーリーが大事なの。 ーストーリーをイメージすること、 ーいっつもそれを考えること。 ーそしてストーリーをなぞって行くの。 きみが珈琲片手に力説する。 確かに着眼点はいいな、と腕を組んで聞いていると、 ーもしもし、ハッピーエンドだよ。 ーイメージするストーリーはぜんぶハッピーエンドなんだからね。 そうだね。 ぼくは腕を解いて大きく頷いた。