Archive for 9月 2021
きみのもしもし #719
ー紐がね、こんがらがっちゃった。 何をどうやったらこんなになるんだろうね。 ぼくは笑ってしまう。 きみは「わたしじゃないもん」って顔をしてるけど、 きみとぼくしかいないんだから、ねぇ。 ーもしもし。こんがらがっちゃったの。 きみはそれしか言わない。 大丈夫だよ。ぼくはね、ほどくのが得意だから。 きみはぼくの横にちょこんと座り、 少しずつほどけていく様を見ている。 もう少し待っててね。 きみはこくりと頷いて、ぼくの指先を見ている。
きみのもしもし #718
ーちょっといいことがあったから、自慢してもいぃい? きみが遠慮がちに聞いてくる。 胸張って自慢すればいいのに。 ーもしもし。ひとの自慢話なんてねぇ。 きみは笑っている。 そうだね。そうかも知れないね。 ぼくは苦笑する。 で、何があったの? ーちょっとね。 きみはうれしそうに笑っている。
きみのもしもし #717
「子供の頃のこと、思い出せる?」 思い出せるよ。 「じゃあ、一番最初の思い出は?」 ぼくははたと困ってしまう。 親父との風呂、お袋の背中。 ひとつを思い出すと、 もっと以前の思い出があるはずだと、 どうしても最初の記憶に辿り着けない。 「もしもし。それが普通なのよ」 きみはきっと正しいんだろうね。 でも、今夜はもう少し思い出してみるよ。 なんとなく、忘れたままじゃ寂しい気がした。 「わたしも思い出してみようかな」 今夜は長い夜になりそうだ。
きみのもしもし #716
空を見上げて歩こうとしていた。 毎日同じ雲はない。いろんな表情を見せてくれる。 空を見上げていると、大概のもやもやはどうでもいい事のように思える。 ーもしもし、足元見てる? きみが指さす先には、アスファルトから芽を出して ちっちゃな蕾までつけている草があった。 空ばかり見ていたら、足元の息吹に気づかなかった。 ーこんなところでもちゃんと花を咲かせるんだね。 そうだね。頑張ってるね。 これからは空ばっかりじゃなくて、 足元にも目を配ろう。 するときみは首を横にふる。 ーふつうにのんびり歩けばいいんじゃない。 そっか、確かにね。 ぼくらは手を取り歩き始めた。